デス・ウィッシュの評価
★★★★☆
ゴア映画で尊敬する我らがイーライ・ロス監督のアクション映画、それがデス・ウィッシュです。
ストーリーはシンプルながら、一人の男がリベンジャーになるまでを丁寧に描かれており、見ていて飽きない作品でした。
一方で、題材としては”よく見るタイプの映画”であり、目新しいものを期待すると残念に思うかもしれません。
安定した映画を見たい方におすすめの作品です。
デスウィッシュのあらすじ
外科医のポール・カージーは治安の悪いシカゴで妻と娘のジョーダンと一緒に幸せに暮らしていました。
ある日ポールが緊急の呼び出しで病院に向かうと、自宅に押し入った強盗によって妻は殺害、ジョーダンは意識不明の重体になってしまいます。
担当のレインズ刑事はじめ警察の懸命の捜査にも関わらず、犯人の手がかりは見つからず、治安の悪いシカゴでは次々と凶悪な事件が起き、解決の糸口すら見つかりませんでした。
妻の葬儀の帰りに義父が密猟者を自ら猟銃で撃退しているのを見て、ポールは自らもシカゴの治安を守るためにできることがないかを考え始めます。
彼は偶然手に入れた持主不明の銃を持って、夜の街を歩き犯罪者たちを殺し始めます。
マスコミはこぞってポールの自警団的行動を取り上げ、尊敬と畏怖の念を持って彼を「死神」と呼びました。
そして、ある日ポールが勤務していると、自分の盗まれた時計をつけた男が担ぎ込まれてきます。
ポールは彼の携帯電話から他の犯人の居場所を突き止めると次々と殺していきます。
デス・ウィッシュの結末ラスト
レインズ刑事はマスコミが騒いでいる「死神」の正体がポールであることを突き止め、ポールを探していました。
また、犯人一味はポールが自分を狙っていることを知ると、退院したジョーダンとポールを狙って家に押しかけてきます。
ポールはジョーダンを守るために彼女を家の隠し扉の中に隠すと犯人を迎え撃ちます。
自らも重傷を負いながら犯人たちを射殺したころ、レインズ刑事がポールの家に到着します。
レインズ刑事はポールに事情を聴きながら、彼の正当防衛という主張を何も言わず受け入れることにし、ポールに医師業への専念をアドバイスするのでした。
デスウィッシュのネタバレ感想
チャールズ・ブロンソン主演のリベンジ映画『狼よさらば(原題:Death Wish)』(1974)をリメイクしたのが本作デス・ウィッシュです。
あらすじは妻を殺された男が犯罪を憎み、一人で自警団員として犯罪者に挑むというシンプルなストーリーです。
「狼よさらば」との違い
まず原作ストーリーのいくつかの違いをあげていきます。
主人公の職業
「狼よさらば」では建築家だった職業がデス・ウィッシュでは外科医になっています。
マイナーチェンジかと思いきや実はこれが本作をかなり締まった作品にしています。
まず医者という人の命を救う高い倫理観を持った立場から殺人者への転落というドラマもありますし、冒頭の警官が死に、犯罪者が生き延びるという凶悪かつ理不尽な背景を作り出すことに成功しているからです。
また、大抵この手のリベンジものは「実は元CIA」「実は元凄腕シールズ」だったりする「沈黙の○○」のような展開もありうるのですが、主人公のポールは本当に戦闘に関しては素人で、戦闘ごとに負傷します。
これも医者という立場によって治療もできるので、外科医という立場はポールを自警団として作り上げるのにぴったりの職業といえます。
娘の存在
「狼よさらば」では娘は暴力を受けた後に植物状態になってしまい、その後どうなったかは描かれていません。
対してデス・ウィッシュでは娘のジョーダンは確かにはじめは意識不明の状態でしたが、物語後半で意識を取り戻します。
この娘の行く末の違いが結果的に物語の結末を大きく変えていきます。
ラスト結末の違い
娘が植物状態になり「無敵の人(社会的に孤独で身寄りがないため、反社会的行動に歯止めが効かない人)」、パニッシャーとなるのが生きがいになったのが「狼よさらば」ですが、今回は娘のジョーダンが生き残ったことにより、「彼女を守る」「彼女とともに生きる」ということがポールの生きがいになったことで結末は大きく変わってきます。具体的には「狼よさらば」では主人公は凶悪犯を殺しまくったあげくに、最後は警察に「罪には問わないから街から出るように」という追放という形で次の映画への伏線となっていました。
今回のデスウィッシュではあらすじの通りですが、最後は銃を置き、真っ当な人生に戻ります。
現代風のアレンジ
リメイクの難しさは、何を変えて何を変えないかの取捨選択だと思いますが、このデス・ウィッシュに関しては多くの現代要素が追加されました。
例えば、動画サイトやSNSを通じて銃の使い方を学んだり、時には違法なことの知識を仕入れてきました。
そういったところがあまり”リメイク”という古さを感じず、王道のストーリーながらしっかり飽きの来ない見ごたえのあるシーンを作り出していました。
デス・ウィッシュの考察
今回一番の映画の主題にあるのはポールの自警的行為は正義なのかどうかです。
今ではおなじみになったマーベルヒーローたちだって、犯罪者をボコボコにしていますよね。私たちは(特にアメリカ人は)そういった自警的行為に強く惹かれる傾向があります。例えばそれが法的におかしいことであってもです。
ポールの殺人は正義か
さて、ポールの殺人が正義かどうかという点において、残念ながら個人的には彼は絶対的正義と呼べるほどまで自身の信念を確立できていないと思っています。
自警的行為は常に現行犯を襲撃しないといけないのです。
今目の前で殺されそうな人がいる、だからこそ勇気を出して犯人を攻撃できるのであり、ポールは殺人犯の居場所を突き止めてからは有無を言わさず殺しにいっています。
例えば一味の男で車の修理工場で働く人間がいました。ポールは仕事中の彼を強襲し、最終的に彼を拷問したあげく、車でつぶして殺しています。
これは自警的行為ではなく、完全な私怨(個人的な復讐)です。
そして、極めつけはラストでポールは銃を置くことを決断しています。
これは彼自身が犯罪者を裁くのが、「何かを守りたいから」ではなく「何かを壊したいから」と思っていたことに他なりません。
私はそんな彼の私怨(個人的な復讐)の行為を「正義」とは呼べませんでした。
最後に
「狼よさらば」ほどの超人的な主人公の物語ではなく、一人の弱い男の物語だと思えば、十分楽しめる作品です。
ちなみにイーライ・ロス監督らしい、ゴア的な殺人シーンの数々も見どころも一つです。